地域商社を辞めてでも実現したかった。カレー屋を通した地域の居場所づくり

2026年6月7日11時。豊栄町乃美地区にある古い商店を改装した「カレーとコーヒーきつね」が、2年越しのオープンを迎えました。
なぜこの場所なのか、なぜカレーだったのか。その背景には、地域への深い思いがありました。レンタルスペース「宙(そら)と廷(にわ)」および「きつね」の代表である清水早苗さんに、開業までの道のりやお店に込めた思い、今後の展望を伺いました。
地域商社から個人経営へ。2年越しで実現したカレー屋
――開業までの経緯を教えてください。
清水さん このお店の構想が立ち上がったのは、2年以上前だったでしょうか。当初は、地域商社である「合同会社CONTACT」の事業として取り組むという話が出ていました。私も同社のメンバーの1人でした。
カレーなら「東広島こい地鶏」などの地元の食材を幅広く活用できるし、将来的には新規就農者や移住者の仕事づくりにもつなげていきたい。そんな思いから始まった構想でした。
ただ、いざ店舗の運営を具体的に考えていくと、さまざまな課題が浮かび上がってきました。特に、事業として取り組む以上、黒字化できるかどうかは大きな問題でした。
それならばと、「私が個人で運営する」という提案もしました。しかし、CONTACTのメンバーである以上、個人で運営してもCONTACTの事業と受け取られてしまうため、それも難しいという話になりました。
一方で、カレー屋ができると聞いて楽しみにしてくださっている地域の方や、賀茂北高校の生徒さんたちもいました。その期待を裏切ることはできない。悩んだ末に、私はCONTACTを離れ、個人でカレー屋を開業する道を選びました。
とはいえ、開業に向けた課題はそれだけではありませんでした。設備面でも大きな問題があったんです。この建物には、飲用に適した水を直接引くことができませんでした。さまざまな方法を検討した結果、お隣から水を引くことになったのですが、その調整にも長い時間がかかりました。
こうした課題を一つひとつ乗り越え、ようやく開業にこぎ着けることができました。

高校生たちの「思い出の場所」をつくりたい
――なぜそこまでして、この場所にカレー屋をつくりたかったんですか?
清水さん この場所は賀茂北高校の入り口のすぐ脇にあるでしょう? 高校時代って、学校帰りに友達と寄り道して、たわいもない話で盛り上がったり、何をするでもなく一緒に過ごしたり。青春には、そんな場所が必要だと思うんです。でも、賀茂北高校のそばには、そういうお店がなかった。それなら、自分たちでつくればいいと思いました。
この場所は、かつて「新木店(しんきみせ)」という商店で、高校生たちが学校帰りに牛乳やパンを買い、友達と語り合った場所でした。地元の方と話していると、今でも当時を懐かしむ声が聞かれるんですよ。
そんなお店が長く空き家になっていたことを、私自身、寂しく感じていました。高校生だけでなく、学校を訪れる保護者や地域の人たちにとっても、この場所が明るく、人の気配を感じられる場所になってほしいという思いがありました。
「きつね」は新しいお店ですが、かつての新木店のように、地域の人たちが気軽に立ち寄れる場所にしたいと思っています。今は賀茂北高校の生徒さんがアルバイトにも来てくれているんですよ。
昔の高校生たちが新木店を懐かしんでくださるように、今の高校生たちにとっても、いつか思い出してもらえる場所になればうれしいですね。

「自分たちが作ったメニューが、ここにある」地元の食材と高校生のアイデアが詰まったカレー
――お店のメニューは高校生と共同開発されたとお聞きしました。
清水さん そうなんです。実は一押しの「こい地鶏カレー」は、賀茂北高校の「総合的な探究の時間」を通して、高校生たちと一緒に考えたものなんです。ルーの味を決めるまでには、地域の事業者を中心としたイベント「セントルマルシェ」で試食アンケートを実施するなど、試行錯誤を重ねました。

東広島こい地鶏と高光養鶏場の卵を使った「FITYドッグ」も、2年前の高校生たちと一緒に開発したメニューです。

また、地元の農家さんに直接声をかけて、サラダやカレーに使う野菜を届けてもらったり、産直市場で仕入れた野菜を積極的に使ったりと、地域とのつながりも大切にしています。
いつか開発に携わってくれた高校生たちが、卒業してこの地域に帰ってきたときにも、自分たちが考えたメニューが変わらず残っている。そんなお店にしていきたいと思っています。
古いものに宿る、昭和の記憶を次の世代へ
――昭和レトロなインテリアも印象的ですね。
清水さん はい、実はインテリアに使っているものの多くは、新木店に残されていた昭和の生活用品や商店で使われていた道具類なんです。
昭和の高度経済成長期には、たくさんのものが作られた一方で、古くなったものは次々と捨てられていきました。だから、当時の生活用品って、意外なほど残っていないんですよ。懐かしくて可愛らしいものもたくさんあるのに、もったいないですよね。
時を超えて今も残っているものたちが、私にはとても愛おしく感じられるんです。
特に興味があるのは、郷土史にはなかなか記録されない、昔の女性たちの暮らしや手仕事です。新木店にも、当時の生活を感じさせる道具がたくさん残されていました。
こうした道具には、かつての人々の暮らしや記憶が宿っているように感じています。建物だけでなく、そこに積み重なった地域の歴史も、できる限り残していきたい。そんな思いで、古いものを大切に生かしながらお店づくりを進めました。

誰もが気軽に集える、地域の居場所を目指して
――このお店を今後どんな存在にしていきたいですか?
清水さん 高校生たちが普段から気軽に立ち寄れるのはもちろん、地域の人たちが思い思いに過ごせる場所になればいいなと思っています。
例えば、高校生が自分たちで企画したイベントを開いたり、地域の人たちが集まって編み物やおしゃべりを楽しんだり。気軽に利用できるレンタルスペースのような使い方も考えています。
昔、新木店に通っていたというお客様の中には、「ずっとこの店が残ってほしいから、毎週食べにくるよ」と言ってくださる方もいるんです。本当にありがたいし、うれしいですね。
今はまだ「宙と廷」の運営との両立に苦労していますが、少しずつでも、できることを増やしていきたいと思っています。
かつての新木店のように、誰かがふらりと立ち寄り、おしゃべりを楽しみ、また誰かがやって来る。そんな風景が、この場所に戻ってきたらうれしいですね。

